秀麗は無言でただひたすらある場所を目指して早歩きしていた。 行く道々で知り合いに声をかけられるたびに秀麗は急いでいる様子をおくびにも出さず、丁寧に対応した。そして話を終えるとまた足をせかせかと動かして歩き出す。今日はなぜか道々でよく知り合いに会う。こういうときに限って、と秀麗は内心イライラしつつも平静な顔をして歩いていた。


それは乙女の一大事?


秀麗の目指す場所は―厠。
「厠に行きたいので失礼します」
うら若き乙女がそんなことを口に出して言えるはずがない。
女性が使える厠が遠いのだ。後宮にしかない。秀麗が初の女性官吏とあって厠事情を忘れていたこともあって女性用の厠はまだ出来上がっていなかった。秀麗が官吏になってから大分経ったのに、と思われるかもしれない。しかし彼女が実際の仕事についてから茶州に赴いていたりと実質宮廷にいなかったために問題が忘れ去られていた。そして秀麗が冗官を経て晴れて御史台に任官してから問題は明るみになった。秀麗の上申書が発掘されて。後宮にいるときには気づかなかったし、黄尚書の下で夏に侍童として働いたときには男として振舞っていたので男性用の厠を使わせてもらっていた。が、普段から男性用の厠を使うのはさすがに、というわけで、その旨をしたためた上申書を提出していたのだが。色々あってどうやら放置されていたらしい。そしてようやくこの度掃除の際に掘り出された、というわけだ。厠が完成するまでは特別に後宮の女官たちが使用している厠を使うようにとの許可を得ている。許可が下りなかったら男性用の厠を使うことになったのだろうかと内心ぞっとする。厠掃除はさんざんやらされたけど、流石に一緒に使うのは嫌。一応そんな乙女心は秀麗も持ち合わせていた。


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