最近、どうも妙な視線を感じる。
誰かにずっとつけられ、見張られているような、そんな類の視線だ。
秀麗はいきなりバッと振り返って、周囲をきょろきょろと見回すが周りには行き交う城下の人たちばかり。
(気のせい…かしら)
秀麗は顎に手を当てて考える。
が、考えても仕方ないと思ったのだろう。
手早く買い物を済ませ、早歩きで家に帰り着いた。


過ぎたるは猶及ばざるが如し


「ただいまー」
今日はいつもより早く帰ることが出来たので、まだ家には誰も帰ってきていなかった。秀麗は早速夕食の支度に取りかかる。トントントン、という軽快な包丁の音が響く。今日の秀麗はご機嫌だった。なぜなら、今日は月に一度の給料日だ。まだまだ下っ端官吏の為、微禄ではあるが秀麗一人分の給料があるだけで生活は大分違ってくる。麦ご飯ではなく白米を食べる日数も増えた。また、家計を上手くやりくりして、餃子やら焼売やらを大量に作ることも可能になった。但し、無駄にだだっ広い屋敷の手入れとなると、なかなかそうもいかないが…。
料理の下準備を終えた秀麗は、二人の帰りを何もしないで待つのも退屈だと思い、自分の部屋へ行き、書物を出して読み始めた。秀麗が読書を開始して四半時も経たない頃。がちゃん、と庖廚の方から物が落ちる音がした。秀麗は父様が帰ってきたのかしら? と本を閉じ、庖廚へ向かう。が、誰もいない。しかし、何か様子がおかしい。ぐるりと回って確認する。と、秀麗の足がある所で ぴたりと止まる。
「お饅頭が…無い?」


暫くして静蘭が帰ってきた。秀麗は挨拶もそこそこに静蘭の二の腕当たりの服を掴んで引っ張る。
「せぇ〜らぁん!!どぉ〜しよう」
いつもと様子が違う秀麗に静蘭は戸惑うも、心を落ち着かせ秀麗に尋ねる。
「…お嬢様、どうかなされたのですか?」
服を引っ張っている秀麗の手をそっと引きはがし、優しく下ろす。
「それがね、お饅頭が跡形もなく消えたのよっ」
静蘭を庖廚に案内し、饅頭を入れておいた蒸籠を指さす。蓋が開けられ、中は空っぽになっている。
「ここに確かに入れておいたのよ」
静蘭は残された蒸籠を確かめ、それから窓の辺りを隈無く探った。
「…これは、饅頭泥棒が入ったとしか思えませんね」
くるりと秀麗の方を振り返り、静蘭は溜息をつきつつそう言った。
「饅頭泥棒って…お饅頭なんか盗って一体どうするのよ」
秀麗は静蘭の言葉に目を見開き、それから首を捻った。
「さぁ…何でしょうね。それはともかく、お嬢様。戸締まりには気をつけて下さいね」
静蘭も首を傾げ、それから秀麗に向き直り、しっかりと秀麗に言って聞かせた。
「どうやら饅頭泥棒はここを昇って入ったようですから」
静蘭はもう一度振り返って窓の鍵を確かめてから、饅頭の代わりになるものを作るべく調理に取りかかった。


「ただいま」
秀麗と静蘭が夕食作りを終え、席に着いたところで邵可が帰ってきた。
「父様、お帰りなさい」
「お帰りなさいませ、旦那様」
二人は手に取りかけた箸を一旦置いて、邵可を迎える。
「おや、今日はお饅頭はないんだね」
邵可は食卓の上を覗き込んでからふとそんなことを口にした。
「え…えーっと、今日はちょっと」
秀麗は邵可に話すべきかどうか迷い、狼狽えた。
「実は今日饅頭泥棒が入ったようでして」
静蘭が横から助け船を出した。主である邵可にも話しておくというのが筋だろう。
「え? 何だって? 饅頭泥棒と今言ったかい」
邵可がピタリと動きを止め、静蘭を真剣な目で見つめた。
「え…えぇ。旦那様、何か心当たりが?」
静蘭は邵可の様子を不審に思い、尋ね返した。
「うーん。心当たりと言うほどでもないんだけどね。さっき宮城の中で饅頭を配っていた官吏を見かけたものだから」
邵可は細い目を更に細めて言った。
饅頭を配る官吏、など普通ではないだろう。おそらく邵可が見た者が犯人。
「宮城の中で、ですか…」
静蘭は顎に手を当て、呟いた。
「分かりました。明日その者に饅頭をもらった者がいないか探してみましょう」
「ごめんね、静蘭。お願いするわ」
秀麗は何とも言えない表情で静蘭を見つめ、それから机の上に並んだ料理に目を移して大きな溜息をついた。


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