「温おばさん、卵8つちょうだい」
3人前のニラ玉に5つ、ゆで卵に3つの計算だ。卵は温おばさんの店が貴陽一安い、と秀麗は行く道すがら蘇芳に教えていた。
「あら、秀麗ちゃん。いらっしゃい。おや、後ろの二人は誰だい?」
「あ、えーっと」
言い淀んだ秀麗の後ろから蘇芳がひょっこり顔を出してにべもなく次のように言った。
「あ、他人以上知り合い未満です」
以前もそのようなことを言っていたが、あれから随分経つ。いい加減格上げしてくれないのか、と秀麗が思わず突っ込みたくなる台詞であった。
「僕は顔見知りです」
更に清雅は人の良さそうな笑顔を履いてそんなことを言った。
「へぇ〜、そうなのかい?」
温おばさんは深く追及せず卵を割れないように包んでくれた。
「それじゃあまた」
秀麗たちが店を後にしようと振り返ったところ、清雅が突然舌打ちした。
「どうしたの?」
秀麗がそう尋ねる前に既に清雅は駆けだしていた。ぽかんとして秀麗と蘇芳はその背を見送る。と、清雅が一人の男を捕まえて地面にねじ伏せるのが見えた。
「あれ…?」
何だろうと二人は清雅の元に近づいていく。周りには近くの店主たちが何事かと集まり始めていた。
「俺の前で盗みを働くとは良い度胸だな」
捕まえた男を押さえつけたまま、低く清雅は男に囁いた。
「ゆ、許してくれ!」
清雅に取り押さえられている男は悲痛な声を上げた。
「犯罪は、犯罪だ」
冷ややかな目で清雅は男を見下ろす。そこへ近づいてきた秀麗が声をあげた。
「えっ…伍おじさん?」
伍おじさん、と呼ばれた男は顔を上げて呟いた。
「秀麗ちゃん…か」
彼は何とも言えない、といったような顔をしていた。まるで小さな子供が悪戯をして叱られたときのような。
清雅はそんな秀麗と男とのやりとりには一切関与せず、男の懐を探り、あるものを取り出した。
「…おっと、さっきの葱だけじゃなくて生姜もか?」
清雅の手の中を覗き込んだ秀麗が信じられないといった風に呟く。
「伍おじさんがお葱と生姜を盗んだ…っていうわけ?」
「まぁ、そうだな」
清雅は秀麗に葱と生姜を手渡すと大きく溜息をついた。見逃すことも出来たが、犯罪を知っていながらみすみす見逃すほど清雅は甘くなかった。第一、自分の評価に差し障りが出ればそれこそ問題だ。まぁ、見逃したところでさほど問題は生じなかっただろうが。
「さてと、警吏にでも引き渡すとするか」
「でも、伍おじさんにも事情があったんじゃ…」
秀麗がそう言いかけたのを妨げるように清雅が口を挟む。それはどこまでも冷たい声。そして、秀麗を見上げる目は氷のように鋭い。
「知り合いだからって、見逃す気か? そんな甘い考えはいい加減捨てろよな」
「でも…」


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