陸清雅の日常


朝5時起床。夏ならば空が白み始めるような頃で、冬ならば一般人はまだ眠りの世界の時刻であろう。いつも目覚めると直ぐさま身支度を数分の内に済ませ、朝廷に出仕する前に個人的な仕事を済ませる。個人的な仕事というと主に情報収集だ。つい最近、その情報収集の対象に御史台の下っ端に任官した約2名も入ったばかりだ。人間調べればいくらでも情報は出てくる。本人は勿論のこと、その周りの人間に関する情報はなかなか興味深いものである。例えば、紅秀麗の場合など、流石紅家直系の姫だけあって、色々と汚い裏事情も垣間見える。まぁ、その割に秀麗本人に関する情報は世間話程度のものしかなかったが。


一番自分が気に入っている情報は紅秀麗が自分の名前を叫びながら毎日のように料理に勤しんでいるというものであった。そして、現にその情報のお陰で彼女の手料理を文句を言わせることなく(あの屈服させる感じがどうにも溜まらなく癖になるのだが)有り難く頂戴している。まぁ、彼女の料理の腕だけは認めざるを得ないのだが。本人には絶対口が裂けてもそんなことは言わない。今日は一体何を作ってくるかと考えるのも結構楽しかったりする。時を見計らって顔を出すのも勿論忘れない。流石に夕方にでもなってしまえば、あの二人以外の人間が口にして無くなっている可能性が高いからである。かといって、決まった時間に顔を出すというわけではないが。


今日もいくつか新たに入った情報を各人物ごとにまとめている資料に書き加える。流石に朝廷に勤務する多くの人物(基本的に自分が興味を持った人物、面識のある人物に限るが)を調査しているので、膨大な情報量であるから流石に細かいところまでは書いて必要に応じて見返す。といってもほとんど頭に入っているので見返すことなど1年に1回あるかないかだ。そういった作業を短時間で済ますと、適当に食事をとり、朝廷へ出仕する。何事も迅速に、が信条だ。


朝廷へ入るが、まだ時刻も早く人は滅多に見ることがない。誰にも姿を見られることなく御史台へと向かう。自分の机につくといくつか書簡が届いていた。それを手早く開き、さっと目を通す。重要な連絡事項は御史台という特殊な職場であるため、長官である葵皇毅から直接言い渡されるので、こういったものに関しては普通の者が見れば重要では無いただの書簡に見えるだろう。が、清雅のような者が見れば何かに気づく。そうして、仕入れた情報を元に、案件をどう片付けるか方針を決める。やり方は清雅に完璧に任されているのでやりたいようにやればよい。そして、それで失敗したことは今のところ一度もない。あの女に邪魔された時は危うかったので、暗殺しようかと思ったほどだが。それほどに人に自分の邪魔をされることが嫌いだ。特に女に邪魔されるのは吐き気がする。あの女と組めと長官に言われた時は本気で鳥肌が立った。ただ、あいつも探花及第しただけあって、そっちの頭は悪くないようで組んで仕事をする時には仕事が一段と速く片付くことは認めざるを得ない。


こうして色々と思いを巡らせているが外見上は仕事をそつなくこなしている。だから、時間的に無駄な部分は全くない。自分で片付けられる範囲のものは最小限の時間と労力で済ませる。だから、他人と協力して仕事をすると、基本的に邪魔をされるので気にくわない。そうして、仕事をして数刻が経ち、紅秀麗がタヌキと一緒にそろそろお茶でも始めようかとするような頃を見計らって邪魔しに行ってやる。あの女の目を見ているとぞくぞくする。最近はその自分だけに向けられる眼差しを見るのが日課と化しつつある。悄々とした女より荒々しい言葉を投げかけてくる女の方がずっといい。ましてや自分を憎むほどに嫌っている女を相手するのは悪くない。そして、憎む余りに自分のことで頭の中が埋め尽くされているのではないかと想像するだけで可笑しくて笑いがこみ上げてくる。


さて、今日もそういう時間がやってきた。自分の部屋を出て以前使っていた小さな部屋を目指す。その部屋は自分が使っていた頃とは少し様相が変わっている。窓際には一輪の花が生けられ、そしてその花は常に美しい状態で取り替えられている。自分は絶対そんなことはしなかった。また、仮眠用の布団はもっと綺麗なはずであったが、綿がつぶれてペチャンコになっており、以前ゴミ箱を漁ったときに自分の名前が書かれた紙を見つけたこともあった。朝廷の装備品を私用に使うなとも言ったが、あの女はその後もその行為を続けている。しかし、自分の書かれた紙を見つけたときといったら、快感以外の何物でもなかった。小さな部屋の前まで来ると、普段の顔とは全く違った表情をつくる。


「お前ら、何、仕事場でじゃれあってんの?」
部屋を覗くとなんと秀麗がタヌキを押し倒しているように見えるような体勢で何やら言い合っているところだった。何となくむかついたのでそう声を掛ける。
「ばっ、セーガ?!じゃれあってなんかないわよっ」
自分が今何をしている(ように見える)か気づいた秀麗がさっと頬を赤らめ蘇芳から離れる。
「あー、もしかしてお嬢さんが俺を押し倒してるように見えた?」
蘇芳がそのままの体勢でのんきな声を出し清雅に尋ねる。
「実はそうなんだよねー迫られて困ってたとこ」
清雅が答えるよりも前に直ぐさま次の言葉を繋ぐ。
「ちょっと、タンタン!何言ってんのよっ」
秀麗が焦って蘇芳を振りかえる。
「へー、そーなの。こんな狭い仕事場で男と女二人っきりだし?しかし、ここは職場だし、昼間っからそーいうことしないでもらいたいな」
清雅は二人を見下ろすようにして唇の端を吊り上げて嫌な笑い方をし、しかし冷たい声で言う。
「タンタン、ちゃんと説明しなさいよ」
秀麗が怒った顔をして蘇芳を促す。
「はいはい。えーっと、つまり、あれですよ。俺が仕事さぼってたんで、お嬢さんが怒ってまぁ色々と」
「っていうか、それ説明になって無いじゃない」
秀麗がすかさずつっこむ。それを聞いて清雅は眉をぴくりと跳ね上げて
「ま、お前らが昼間っから何してようが、俺には関係ないことだがな」
どーせまたお節介な秀麗が蘇芳に何かしようとして蘇芳がそれを避けたってとこだろ、と中りをつけた清雅はここに来た目的を果たす。机の上に並べられた重箱の中の饅頭に手を伸ばす。ここんところ餃子やら焼売やら叩きモノが多かったので、そのふんわりとした感触に思わず頬がほころんでしまった。
秀麗がはぁ〜っと溜息をつき、頬杖をついてそれを眺めて
「あんた、幸せそうに食べるわね」
最近はいちいち怒っていると血圧が上がるのでもうこの程度のことでは怒らなくなってしまった。所謂"慣れ"というやつだ。怒ったところで清雅を喜ばせることになることにも何となく気づいてきた。秀麗の一言で自分がどういう顔をしていたか気づいた清雅は秀麗をその精悍な眼差しでちろりと見つめ、
「悪いか」
と一言だけ言って再び次の饅頭に手を出す。秀麗はおもむろにその場を離れ、再び戻ってきたときには手に茶器を手にしていた。ふわりと花茶の香りが狭い部屋に漂う。
「お茶、いるでしょ」
静かな声でそう言いながら、ことりと清雅の前に差し出す。
「気が利くな」
ニヤッと清雅は笑い、すぐさまそれを飲み干す。
「それはどういたしまして」
秀麗は手際よく再びそれに茶を注ぐ。秀麗は両手に顎を乗せて何も言わず清雅をじっと見つめていると、
「俺の顔に何かついてるのか?」
と、手を休めた清雅が顔を覗き込んでくる。息がかかるようなほどに近づいてきた顔に驚いて、秀麗はビクッと顔を後ろに引く。そんな秀麗の顎に清雅が手を伸ばして、顔を近づけてくる。そんな時にー
「あの〜お二人さん、いいところ邪魔して悪いんだけど・・・一応俺のこと忘れてないよね?」
横から今まで一言も発さずにいた蘇芳が困ったような気まずいような様子で声をかけてくる。清雅は舌打ちをして、秀麗から手を離す。
「タンタン、有り難う」
秀麗は横槍を入れてくれた蘇芳に心から感謝の気持ちを述べる。蘇芳はカリカリと頭をかきながら、
「でもやっぱり邪魔しない方が良かった?」
と一言。秀麗は再び溜息をつき、頼りになるのかならないのかよく分からない蘇芳を見つめるばかりであった。
がたり、と音を立てて清雅が立ち上がる。
「ご馳走様は?」
秀麗が清雅を見上げ言う。その鋭い視線に満足したのか、清雅は手を掲げ、愛しい女に逢瀬の合図をするようにして、しかし次のような言葉を吐いて立ち去る。
「それを言うなら、お粗末様でした、だろ?」
清雅が出て直後、秀麗の大音声が狭い部屋に響き渡る。
「あー、むかつく!あのセーガ!毎日毎日よく飽きもせず現れてぇ!タンタン!例の布団ちょうだい!」
その声を部屋の外で聞いた清雅は満足して自分の仕事場へと向かったのであった。


再び仕事場に戻った清雅は午前中よりもなお一層早いスピードで仕事を処理し、定時までには仕事を全て済ましてしまっていた。流石に仕事量が多いときには定時に帰れず夜中まで残っていることも多々あるが、それは普通の者がやったならば少なくとも数日はかかるだろう量である。仕事に決して手を抜かない。その上で紅秀麗をからかいに行く。そんな清雅だからこそ秀麗は敵対視し、そして好敵手として認めている。清雅にとっては紅秀麗は好敵手ではない。自分の方が上にいる、そのことが清雅にそう思わせている。が、あの女がいつか自分のようになったとき、しかもそれが自分のおかげでそうなったときを最近想像する。もし、あの女が自分の潰しにも耐え、叩き落とされることなく自分の好敵手となりうるときが来たら、そのときは相手にしてやってもいい。そんなことを思うほどにあいつは日々成長している。朝廷一の才人と言われる李絳攸にすら興味を抱かなかった自分が、自分より地位の低い初の女官吏のことをこれほどまでに気にすることを可笑しいと自嘲しつつも、清雅は今日も眠りにつくのだった。




→→後書き
清雅視点で書いてみました。清雅ってどんな生活送ってるのかよく分からないですね;家のお手伝いさんとかいるのか、とか、馬車で朝廷に来てるのか、とか…。適当にはぐらかしてしまいましたが。また原作で清雅の家の話とかも出るんでしょうね?陸家の。早く知りたい、けどもう暫くおあずけにしてもらってもいいかもと思ったり。ひねくれてますな。まぁ、これは御史台で働き始めた頃でしょうね。多分<適当だな、オイ。


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