清雅と秀麗は御史台長官である葵皇毅から二人で片付けるよう言い渡されていた案件に関して調査していた。その調査の過程で秀麗がほんの些細な失敗を犯してしまったために、清雅にそのつけが若干回ってきた。その為清雅は偽金事件以来見せたことのないような怒りを露わにしていた。
「お前、何様のつもり?俺様の邪魔をするとは良い度胸だな」
秀麗は失敗に気づいてから何度も何度も清雅に謝っていた。謝って済む問題ではないが、結果的には問題なくことが済んだのだ。しかし、清雅はことある毎にその事を持ち出しては秀麗に食って掛かってくるので、その度に、いい加減許してくれたっていいじゃないの、と内心思いつつも秀麗は額を床につけ
「本当に今回は悪かったと思ってるわ。別にあなたの邪魔をしようと思ってやったわけじゃないのよ」
とひたすら謝り続けなければならなかった。特に機嫌が悪いときには秀麗の胸ぐらを掴んで乱暴に扱ったりもした。葵皇毅にことの次第を報告しに言った際には、葵皇毅は秀麗を一瞥し、清雅に向けて
「ほどほどにな」
とだけ言った。長官が特に怒った様子ではなかったことが秀麗にとって唯一の救いであったが、清雅の態度はあまりに厳しかった。時たま見せる優しさも今は全く見られない。


清雅流遊戯の時間


「それじゃ、こういう事にしよう」
清雅はふっと思いついた様子で秀麗に次のようなことを提案してきた。
「ちょっとした遊びに付き合え。そうしたら今回の事は許してやらんこともない」
ニヤリと笑って更に続ける。
「毒入り饅頭を用意する。それを半分に割ってそれぞれ俺とお前で食べる。それだけだ」
「なんなの、それ…趣味悪いんじゃない?というかあんたも食べる気?」
一体何を言い出すかと思えば、一般人の考えを逸脱している提案だった。でも、清雅なら、あり得る・・・か。
「文句言うならさっさと荷物まとめて出て行くんだな」
それは困る、と秀麗は
「分かったわよ、やればいいんでしょ、やれば…」
と渋々承諾したのだった。


毒入り饅頭は清雅が用意すると言って、次の日見事な饅頭を作って持ってきた。
「あんた、自分で作ったの?」
驚いた秀麗は饅頭と清雅の顔を見比べながら尋ねる。
「こんなもの作れて当然だろ」
こうして秀麗の頭の中に清雅は饅頭作りも得意、という文言が書き足された瞬間だった。髪結いといい、饅頭作りといい、どうしてこうも達人並みの技を隠し持ってるのかしら、というか出来ないことはないわけ?と心の中であれこれ考えあぐねていると、清雅が
「お前が半分に割ってくれ」
と言ってきたので言われるままに饅頭に手を伸ばし、半分に割る、つもりだった。が、かなり大きさがかたよってしまった。
「お前、不器用だろ」
呆れた清雅がどうにも可笑しいといった風に笑いながらそう言う。
「悪かったわね」
秀麗はそう返し、言葉を続ける。
「それじゃあ、私が大きい方もらってもいいかしら。責任は私にあるんだし。大きい方が毒が入ってる確率は高いわよねぇ…」
「別に俺はどっちでも構わないぜ」
清雅は本気でどうでもいいといった風に欠伸をしながらそう返す。
「まぁ、いいわ。こっちにする。」
と、秀麗は大きく割れてしまった方の饅頭に手を伸ばす。
「それじゃ、俺はこっち」
清雅は小さい方の饅頭にさっと手を伸ばし、一口でぺろりと食べてしまった。


「ところで、毒って…」
饅頭を食べ終わった秀麗が心配そうな顔をして清雅に尋ねる。
「あぁ、まあ心配するな。死ぬことはない。身体が痺れるくらいのものだ」
本気で心配している秀麗の様子を見て清雅は唇の端を吊り上げて笑う。
「そうなの」
一応死ぬことは無いらしいということを聞いてほっとしたのか秀麗は肩の力を抜く。


指で饅頭を包んできた紙を弄んでいた清雅はくしゃくしゃに丸めて屑篭に放り込む。丸められた紙は綺麗な放物線を描いて屑篭の中に収まった。それに満足したのか、清雅は秀麗の方に向き直り、脈絡もなく、
「お前、結婚とか考えてないわけ?」
と尋ねてきた。
「紅家直系の姫なら縁談なんか腐るほどあるだろ」
とも。
秀麗は清雅がどうしてそんなことを聞いてくるのか分からなかったがとりあえず自分の思っていることを言う。
「私は結婚するつもりは全くないわよ」
意外だ、といった風に清雅が眉をぴくりと動かす。
「何でだよ」
何故か少し怒ったような声で清雅が言う。色々あるんだけど…と秀麗は内心思いつつも、もっともそうな理由を答える。
「結局みんな、秀麗という人間じゃなくて、紅家という名の血が欲しいだけなんでしょ」
恋愛結婚を夢見るようなお嬢様が言いそうなことだ。清雅は秀麗がそんな女ではないことは十分承知している。
「本気でお前がそう思ってるとは思えないが」
「それに、"結婚しない"という理由にはならないだろ。それならどこぞの男と駆け落ちでもすればいい」
当にそうだ。清雅はするどい。欺すことは出来ない、と悟った秀麗は誰にも話したことのないことを白状した。
「正直、怖いの」
少し俯いてぽつりとそう呟く。
「私の身体は普通の人と違うの」
絞り出すように言葉を吐き出す。
「そういえば、お前、前に擦り剥いただけでかなりの血を流してたよな」
思い返すようにして清雅は言う。あの時は柄にもなく結構焦ったから鮮やかに清雅の記憶に残った。
「それに、母様は子供を産めない、って言われてた。それでも私はこうして産まれてくることが出来たんだけど」
不安に胸が押しつぶされるようになるのを堪えて、唇を噛み締め清雅の前では泣かまいとする。


「それは…」
清雅が何か言いかけて急に口をつぐむ。そういえば先ほどから清雅があまり身動きをしていない気がする。
「セーガ、あんた…もしかして毒…」
はっと口を押さえ、秀麗が蒼白な顔をして言う。
「はっ…俺の負け、みたいだな」
悔しそうな顔をして、しかし、白い顔をして清雅が言う。
「横になりなさい」
秀麗は自分より一回り身体の大きい清雅を何とかして床に横たえさせる。
「マズいな…全然動けない」
胸を大きく上下に動かし清雅は苦しそうな表情で呟く。
「何か、解毒薬とか持ってないの?」
秀麗は清雅の顔を覗き込んで尋ねる。と、ふいに秀麗の視界が遮られる。秀麗は何が起きたのか理解するまでに時間がかかった。清雅が秀麗を抱え込むようにして抱いていたのだ。
「ちょっ、放しなさいよ、セーガ!」
秀麗が声を荒げて身をよじるが、清雅は抱き潰すほどの力で押さえつけてくるので全く身動きがとれない。
「痛いっ、いたたたた…分かったからちょっと弛めて!!」
秀麗が本気で抱き潰されて死ぬかもと思った時、清雅はようやく秀麗を拘束していた腕の力を緩める。
「あんた…こんな趣味の悪い遊び、いつもやってるわけ?」
秀麗が清雅の胸の上でじっと清雅の目を見つめる。
「いつも、じゃない…ていうか、そんな顔されるとそそるんだけど…」
擦れたような声で言ったために秀麗の耳には届かない。さらに続ける。
「もっと身動き出来れば"できる"のになぁ」
「何いってるのよ」
秀麗は清雅の毒のことが心配で清雅の言う言葉の意味に全く気づかない。
「ほんとに、解毒薬とか持ってないわけ?それなら、お医者様呼んでくるから…」
秀麗が起きあがろうとする。と、その時。


「馬鹿だよなぁ、お前も」
清雅の動きが急に素早くなる。
「ここまで気づかないと、やりがいがないな」
演技ーだったか。秀麗の顔がさっと蒼白になる。
「こういうとこの詰めが甘いっつってんだよ」
清雅はがばっと起きあがり、秀麗を素早く床に転がすと、その両腕を掴み、自分の膝を秀麗の股の間に衣ごと挟み込んで身動きできないように拘束する。
「何、するつもり?」
秀麗が鋭い視線で清雅を睨み付ける。唇を噛み締めて覚悟を決める。最初から清雅に乗せられていた。
「お楽しみの時間」
そう言うと清雅は秀麗の首筋に口付けを落とす。秀麗はビクッと身をすくめて、そして叫ぼうとするも清雅は片手で秀麗の口を塞ぐようにする。そして耳元で囁く。
「叫んでも誰も来ないぜ」
仕事を済ませてからだったので、御史台にはもう人が残っていなかった。残っているのは清雅と秀麗の二人きり。秀麗はからからに乾いた口で何とかして言葉を紡ぐ。
「あんたが私に何かをしたからって、得になるわけ?」
強がり、にしか聞こえなかったかも知れない。声が震えた。清雅のことを本気で、怖い、と思った。乱暴で荒々しく、自分より力が強くて。それが男と女の差というものだと思い知らされる。いつも自分は大切に扱われていた方なのだと否応なしに気付かされる。哀しくて、悔しくて、口惜しくて、涙を堪えきれない。いつの間にか目の前の清雅の顔が歪んでゆらゆら揺れている。蝋燭の灯りは頼りなく揺れている。風が吹けばふっと一瞬で消えてしまうそんな頼りない灯り。秀麗はそんな頼りない蝋燭さえも消えてくれればいいのに、と願った。そうすれば、情けない顔を清雅に見られることがないのに、と。
「お前、もしかしなくても泣いてるのか」
冷たかったはずの清雅の言葉が心なしか温かく聞こえる。何故?どうしてそんな風に喋るの?私を・・・見ないで。清雅の冷たい手が秀麗の顔に伸びる。ああ、自分の涙は温かいんだ、そんなことをぼんやりと思う。もう、何も考えたくない。このまま抵抗することなくされるがままになれば、清雅は私をどうするのだろう?そうなったとして私には失うものはない、そうではなかったのか?考えまいとするのに思考がぐるぐると巡る。もう、いい。このまま眠ってしまおう。そうすれば、何も見ない、何も聞かない、何も感じない、きっとそうなるだろう。と本気で思い始め瞼を閉じかけた、そんな時。


コツコツと急に何者かの足音が聞こえてきた。しかもそれはだんだん大きくなって二人のいる部屋に近づいてくる。
「ちっ・・・」
清雅は軽く舌打ちをして乱暴に秀麗を解放すると、乱れた自分の衣服を整え何食わぬ顔をして優雅な仕草で音を立てることなく椅子に座る。足音は部屋の前で一度止まり、こんな時分に灯りが漏れているのを不審に思ったのか暫く様子を伺うようにしていたが、がらっと一気に戸が開いた。足音の持ち主が部屋の中を覗き込む。持ち主の手の燭台に灯された蝋燭が顔を映し出す。あれはどこかで見た顔だ。というよりしょっちゅう見ている。
「忘れ物したから、取りに来たんだけど…」
足音の持ち主は蘇芳だった。秀麗と一緒にいつも仕事をしている。蘇芳はとうの昔に家に帰ったはずだったが。
「いや、ちょっと、これを取りに」
といって中に入って迷うことなく目的のものを手にする。それは蘇芳が肌身離さず身につけている銀のタヌキ。あの偽金事件のタヌキではなく、どこで手に入れたのか分からないが一応本物の銀でできた小さなタヌキの置物。別にそれが無いからといって困ることはないのだから、翌朝取りに来ればいいのに、それでも何故かその忘れ物のことが気になってしまってわざわざ取りに戻ったのだ。そうしたら、秀麗だけでなく清雅が部屋に居た。
「お嬢さん、セーガに変なことされなかった?」
辛うじて起きあがっていたものの未だ床に座り込んでいた秀麗に声をかける。
「えーっと、その様子じゃ…」
といって蘇芳は清雅の方をちらっと伺う。
「別に。その女がしでかしたことの埋め合わせにちょっとした遊戯に付き合わせてただけだ」
冷徹な鋭い声で清雅が言う。部屋の温度が3度くらい下がったのではないかと蘇芳は内心冷や汗をかきつつ、
「お嬢さん」
と秀麗に声を掛け、手を差し出す。秀麗は伸ばされた手を掴んでのろのろと立ち上がる。
「ごめんね、タンタン」
秀麗がそう言うと
「こういう時はありがとうって言うの」
とのほほーんとした調子で蘇芳が返す。きょとん、とした秀麗はうーんと考え、暫くしてから
「ありがとう」
と小さく微笑んだ。


そんな二人の様子を見て面白くないと思ったのか清雅は
「家まで送る」
と突拍子もないことを提案してきた。
「いや、お嬢さんは俺が送ってくから」
蘇芳がすかさず秀麗の代わりに言う。そもそも秀麗を男と二人っきりにするなとあのタケノコ家人から言い渡されていたのに、お嬢の身に何かあったらタダじゃ済まない、そんな思いもあった。自分の責任でもあるのだ。今日は自分の誕生日だから早く帰ってこい、とそう親父に言われていたので秀麗を一人残し先に帰ってしまった。この時代に子供を本当に産まれた日に祝うものなどおそらく自分の親父以外はいなかっただろうが、あの親父は新年にみんな同時に歳をとるなんて、可笑しいと思わないか?と言って昔から息子の誕生日をいつも祝った。その期待を裏切ることなど自分には出来なかったから、秀麗のことが少し気がかりだったものの帰ってしまったのだ。しかし、忘れ物のことをふと思いだし、それが頭から離れなかったのは、無意識の内に秀麗のことが気にかかっていたのかもしれない。蘇芳は首を振ると、清雅に向き直り
「というわけで、帰ってもいい?」
駄目と言われようがお嬢は自分が送り届ける、そう心に決めていた。自分の方が年上なのに清雅に負けるものか。
「勝手にしろ」
あっさり清雅はそれを認めた。それを聞くや否や蘇芳は秀麗の荷物を左手に持ち、右手を秀麗の手に繋いで、秀麗を引っ張るようにして部屋から出て行った。秀麗は終始力なく俯いたままおぼつかない足取りで、それでも蘇芳に引っ張られているので確実に足を動かしながら出て行った。自分から言い出しておいてここまで諦めが早い清雅を蘇芳は少し不気味に思ったのだが、これとない絶好の機会を逃すまいと早々と部屋を出たのだった。


一方、部屋に一人残された清雅は何を思ったか、二人が出て行った後、屑篭に投げ入れた饅頭の紙を取り出して広げる。そして、首を傾げる。
「確かに毒は入れたはずなんだが…」
実は清雅が入れた毒は一種の酒のようなものだった。自分の食べた方には毒は入っていなかった。秀麗が食べた方にその毒は確かに入っていたはずなのだ。が、秀麗は酒にとことん強い。それも尋常ではないほどに。清雅は秀麗のことを調査した際に酒飲み対決で工部を攻略したという情報も入手していた。が、今回毒を選ぶ際に死なない程度の毒ということと効果だけを基準に選んでしまったために、一種の酒であるということを失念しており、その毒を選んでしまった。確かに秀麗は毒入り饅頭を選んだが、それは効かなかった。秀麗は毒をも味方に代えるのではないかと清雅は本気で思った。ハッキリ言って変なところで運が強い女だと。また、自分が毒入りの饅頭を食べた風に装ったのは、効果が現れる筈の時間を過ぎても二人共に変化がみられなかったための清雅の機転。秀麗を屈服させるのにはそれだけでも十分だった、が何かしっくりこない。確かに自分が勝ったはずなのに何か胸の奥でモヤモヤしたものが渦巻いている。その感情が一体何なのか清雅には分からなかった。確かに分かっていることは、あの女を屈服させようと必死になっている自分のことだった。傍目には分からないが、実は余裕など全く無い。結構必死だったりする。あの女はそのことに気づいてない。それに満足している自分と、どうして全く気づかないんだこの鈍感女、と言ってやりたい自分がいる。結局ー今日の所は引き分けってとこか、そう呟くと清雅は広げた紙を再び丸め屑篭へと投げ入れ、自分の家へ帰るべく御史台を後にしたのだった。


「タンタン君、こんな夜中に一体何の用ですか」
秀麗の帰りが余りに遅いので心配した静蘭が迎えに行こうと門から出てきた所に遭遇した。今にも刀を抜いてかかってきそうな静蘭を見て、蘇芳は思わず呟く。
「げっ、タケノコ家人…」
「げっ、とは何です。タンタン君。失礼ですよ」
にこやかな表情で静蘭が言う。不気味だ。絶対怒ってる。ていうか、この家人まじで黒い、黒すぎるよ。
蘇芳が冷や汗をかいていると、横から眠そうな声で秀麗が
「んー。あ、静蘭、まだ起きてたの?武官は体力勝負なんだから早く寝なきゃだめよ〜」
とごしごし目を擦りながら寝ぼけたときのような様子で静蘭に話しかけた。実は御史台から出てここまで蘇芳が話しかけるも努力はむなしく終始無言であったのだが。
「お嬢様、お帰りなさいませ。心配したんですよ?さぁ、お風邪を召されますから早く中へ」
秀麗の手を蘇芳の手から引きはがし、自分の元へ引き寄せるとそのまま二人で中へ入ろうとする。
「タンタン君」
静蘭がふと振りかえる。
「何があったのかは聞きませんが、ここまで送り届けてくれたことは褒めてあげます」
一応これでも蘇芳のことを信用しれくれているのだろう。多分。
(素直にありがとう、とか言ってくれればいいのに…)
蘇芳は内心そう思いつつも
「それじゃ、俺はこれで」
くるりと踵を返し、自分の家へと向かう。静蘭はその背を見つめ、
「さぁ、入りましょう」
夜風に冷え切っている秀麗の肩を抱いて家の中へと入っていった。


漆黒の闇の中に浮き上がるようにして輝く数多の星。その中でもひときわ明るく輝く星と、その隣で鈍く光る星は、まるで恋人のように寄り添っていた。




→→後書き
タンタン&銀のタヌキのお陰で助かった秀麗って…。自分で書いたのに後で読み返してなんか可笑しいです(苦笑)一体何がやりたかったのか自分でもよく分からない。というか、勝手にキャラクターが動いてる(汗)。書き始めた時点ではこんなラスト、想像もしてなかったよ!(笑)「タンタン最高!タヌキ最高!」とか後に秀麗が言ったとか言わないとか…


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