今日もまたいつものように清雅がやってきた。秀麗と蘇芳はちょうどお昼ご飯を二人で食べている真っ最中だった。何も言わず勝手に入ってきて席に着いた清雅は早速秀麗が作ってきた弁当に手を伸ばす。秀麗は春巻き、蘇芳は焼売を丁度頬張っているところで、清雅に文句を言うことも出来なかった。そして、弁当の中の饅頭を何気なく口にした清雅の動きが止まる。

「・・・」


手作り饅頭のお味はいかが?〜御史台より愛を込めて〜


清雅は自分の手元に目を向ける。饅頭の中が真っ赤に染まっている。唐辛子・・・か。迂闊だった。今にも飛び出していって桶一杯の水を飲み干したい誘惑に駆られたが、秀麗の手前そんなことは出来ない。
「あら、どうかした? 清雅」
秀麗は清雅のそばまで寄っていって、にんまりと笑い清雅の顔を覗き込む。清雅のこめかみに青筋が浮き上がる。
(この女(あま)…)
清雅は口の中がヒリヒリして喉には焼け付くような痛みを感じた。声はまともに出るだろうか。
「ふざけんなっ」
思いっきり叫んだ言葉は微かに耳に届く程。清雅は秀麗に一本とられたことが口惜しく、思わず唇を噛み締める。
「ふっ、人間は学習する生き物なのよ」
そんな清雅の様子を見て、拳を高々と掲げ勝ち誇ったように秀麗は言う。タンタンこと蘇芳はそんな秀麗を見てどーでもよさそうにぱちぱちと手を叩く。実を言うと、蘇芳はこの罠の協力者でもある。
(お嬢がついにセーガから一本とったってとこか〜結構子供っぽいやり方だけど)


蘇芳のいい加減な拍手にむかついたのか、秀麗の勝ち誇ったような姿にむかついたか定かではないが、清雅はがたりと席から立ち上がり、無言でつかつかと秀麗の元に歩み寄る。
「自業自得ね」
腕を組んで清雅を迎え撃つ秀麗はハッキリとそう言い放つ。秀麗が言い終わらない内に清雅は秀麗の肩を乱暴に掴む。秀麗は殴られるかと思い思わず身を竦め目を瞑る。と、次の瞬間、襲ってきた感覚に思わず頭の中が真っ白になる。自分の唇が完全に清雅のそれと重なっていた。目を開けると清雅の顔が目の前にあった。清雅は身体の芯まで冷え切る程冷たい眼差しで秀麗を射抜く。思わず秀麗は身を震わせる。
「おい・・・清雅?」
清雅の突然の行動に蘇芳は思わず動揺する。目のやり場にも困る。秀麗を助けるべきか。いや、でもどうやって?蘇芳がオロオロしている内に、清雅は重ねるだけでは飽き足らず、舌を秀麗の唇の隙間を割って進入させてきた。清雅は秀麗の口の中を舐め回すようにしてから、秀麗の舌に自分のそれを絡みつかせる。まるで何かの生き物のように。秀麗の口の中に唐辛子の辛みが広がる。焼け付くような痛みが清雅から秀麗へと伝えられる。秀麗は自分の姿がどんなに無様であるか考えただけで恐ろしかった。清雅に口付けられていることは勿論のこと、息を吸いたいのと、辛みから逃れたい一心で清雅から逃れようとする。しかし、清雅にしっかりと肩を掴まれており全く身動きが出来ない。
(だ・・・誰か!!)


その内、二人の唾液が混ざり合い、口の中の辛みは次第に薄れていった。秀麗はボンヤリと頭の片隅でそれを感じていた。いつの間にか力なく、されるがままになっている自分がいることに気付いてはいたものの、力が入らなかった。
「自業自得なんだろ?」
清雅は漸(ようや)くゆっくりと唇を離し、馬鹿にしたような風に嗤いながらそう言った。そして秀麗の顔を舐め回すようにじっくりと眺める。清雅からようやく解放され秀麗は大きく息を吐く。がたがたと足が震えていた。それに、口の中が気持ち悪かった。もはやそこは自分のものではない気がした。そしてまた、迂闊にも清雅に口付けを許してしまった自分を何より恥じた。この時ばかりは秀麗は清雅に目を向けることが出来なかった。
「ごめん…」
蘇芳が横から秀麗に申し訳なさそうに声を掛ける。清雅をどうして止めたらよいか分からず途方に暮れた蘇芳は結局何も出来ないでいた。後で清雅の逆鱗に触れるのが恐ろしくて、そんな自分を情けないと思いつつも、でも出来なかった。
(こんな時くらいしか役に立たないのに…)
ゆっくりと蘇芳の方へ顔を向けた秀麗は無理矢理笑顔を作ろうとして、失敗した。蘇芳の顔を見た途端、安堵感が襲ってきた。
「た、タンタン…」
まずい、と秀麗は泣きそうになるのを堪え、しかし歪んだ顔を清雅に見られないように蘇芳に思いっきり抱きつく。
「お姫様はタヌキの方がお好みってか」
それを見た清雅は馬鹿にしたように言う。蘇芳はいきなりしがみついてきた秀麗の頭をぽんぽんと叩いてから清雅に言う。
「清雅、あれはやり過ぎ」
自分がいながら清雅の暴挙を防げなかったことを悔やみつつ、しかしこれだけはハッキリ言おうとした。せめてもの償いだ。
「妬いてんの? お前が先にやりたかったとか」
清雅は唇を吊り上げてニヤリと笑う。蘇芳は清雅の視線に負けないように睨み返す。秀麗の背を優しく撫でてやりながら。こういう清雅の性格は蘇芳も許せなかった。やって良いことと悪いことがある。そして、言って良いことと悪いことがある。
「ま、後は好きにしていいぜ」
どうでもいいといった風に清雅は言い、秀麗を一瞥すると部屋から出て行こうとする。


「待ちなさいよ、清雅」
蘇芳の衣服に頭を埋めたまま秀麗はハッキリ言う。清雅は秀麗が声を上げたことに驚き、立ち止まって振りかえる。
「まだ、何か用でも?」
実に楽しそうな様子で秀麗を馬鹿にしたように清雅が言う。
「あんたがここまで変態だと思わなかったわ」
まさか蘇芳のいる目の前であんな暴挙に及ぼうとは流石の秀麗も予測できなかった。
「そりゃどーも」
その言葉に満足したように清雅は更に唇を吊り上げ今度こそ振りかえることなく部屋を後にする。出て行く清雅をそのまま見送った蘇芳は自分の胸元に目を落とす。それでもやっぱりまだ秀麗の肩は震えている。


「怖かった?」
回りくどい言い方は嫌いだ。蘇芳は秀麗に単刀直入に尋ねる。ゆっくりと秀麗は顔を上げ、蘇芳の顔を見る。
「…私…」
ぼろぼろと秀麗の瞳から大粒の涙が零れ出る。泣かないと、決めたのに。決して泣かないつもりだったのに。清雅に何をされても絶対に泣かないと心に決めていたのに。それなのに、駄目だった。失うとかそういうのではなかった。ただただ恐ろしかったのだ。蘇芳はふわりと秀麗を抱きしめて抱え込むようにする。
「…俺さ、何にも出来ないで見ていたなんてやっぱサイテーだよな」
秀麗に許して欲しいわけじゃない。自分で自分の姿を改めて見直してそういう風にしか思えなかったからだ。
「ううん、タンタンはいいの…」
蘇芳の腕の中で秀麗は首を振る。秀麗の言葉に嘘偽りは無い。蘇芳はそれが分かっているからこそ、やるせなかった。
(お嬢がこんなに辛い思いしてるのに、な…)
秀麗の涙が服に染みて、その冷たさがそれを感じさせた。それから暫く二人はそうして無言で時を過ごした。


ようやく落ち着いた秀麗はゆっくりと蘇芳の胸を押す。秀麗が立ち直ったようなので蘇芳は名残惜しそうに腕を弛める。そして秀麗は自分の両足でしっかりと真っ直ぐ立った。
「やっぱり、私って隙があるのかしら」
自分に言い聞かせるように秀麗は言う。
「いや、最近大分良くなってきたと思うよ」
隙があるか、と聞かれれば確かに隙はあるのだがそう言うのも何だか悪い気がして蘇芳は誤魔化す。自分が色々と言い聞かせているのも役に立っていると言えば役に立っているのだろうが。男である自分を思いっきり信用している秀麗を見ていると何だかなーと思う。タケノコ家人はそのせいで長年のつきあいにもかかわらず、全く秀麗との仲が全然進展していないのだろうが。そこで、ふっと思いついたことを実行する。
「ねえ、お嬢さん。俺とならいい?」
秀麗の顎にすっと手を伸ばし真剣な目で秀麗の目を見つめながら尋ねる。
「な、何? まさか、本気じゃないわよね」
蘇芳の意図することに気付いた秀麗は動揺して聞き返す。
「結構本気なんだけど…」
蘇芳は上目遣いで確認するように言う。
「なななな、何で?!」
混乱した秀麗は顎に伸ばされた蘇芳の手を払いのけようとする。そこで、蘇芳は大人しく手を放し秀麗から距離を置く。
「だから、男をあんまり信用しすぎるなっていつも言ってるじゃん」
蘇芳はいつも通りの顔に戻ってそういう。人を疑うということを今まであまりやってこなかったせいもあるだろうが、もうちょっと疑ってもいいものだ。
「うっ…努力します」
蘇芳の言うことは尤もだと悟った秀麗はぼそっと呟き、口を濯いでくると蘇芳に言い、ゆっくりと部屋を出て行った。
(やっぱ、俺ってお嬢さんから男として見られてないのかなぁ…?)
部屋から出て行く秀麗の背を見つめながら蘇芳はそんなことを思ったのだった。


一方、部屋から出た秀麗は口を濯ぎ、ついでに涙に濡れて化粧が崩れた顔を綺麗に洗い流してから、化粧道具を取ってきて鏡の前で自分の姿をとっくりと眺めてから化粧を施していく。仕上げに紅を引いて、きっと鏡の中の自分を睨み付ける。
(清雅に何をされても、絶対に這い上がってみせる! 絶対清雅の鼻を明かしてやるんだから!)
ぎゅっと拳を握りしめ、秀麗は燃えたぎる決意を胸に顔を真っ直ぐ上げて、蘇芳のいる部屋へと戻っていったのだった。




→→後書き
秀麗の悪戯からこんな話になるとは思いませんでした!<自分で書いといて言うなよ
何か、気のせいか蘇芳と秀麗の雰囲気の方がずっといいんですけど…? あれ?
清雅君、やることやったのに何か格好悪い気がしますね。
まぁ、これも一つの愛の形ということで!(それでいいのか)
甘いことを期待した方はスミマセン…うちの清雅はドロドロしてます。


←



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送