彩雲国国王・紫劉輝は今日の執務を終え、府庫へ向かう。今や彼が気を遣うことなく心休まる時を送れるのはそこくらいだった。以前は執務室に双花菖蒲、李絳攸と藍楸瑛が頻繁に出入りし、仕事中も絳攸に頭をひっぱたかれたり、楸瑛にからかわれたりして楽しい時を過ごした。けれどー。
楸瑛は王からの下賜の花を返上し、藍州へ帰ってしまったし、絳攸も吏部侍郎としての仕事に追われ王の傍にいることができない今、劉輝の近くにいる者は尚書令の鄭悠舜くらいだった。その彼も、今日は仕事の関係上、この宮城にはいなかった。
だから、劉輝は府庫の主・紅邵可に会いに行った。幼い時から、邵可はずっと劉輝の味方だったから。


掃晴娘(そうせいじょう)に願いを込めて


劉輝は府庫の中を覗き込むと、見覚えのある少し背の低い少女が向こうを向いて何やら作業しているところだった。邵可の姿は見あたらない。
「しゅ・う・れ・い♪」
劉輝は秀麗の姿を見つけて、思わずルンルンと飛び跳ねながら駆け寄る。その声に振り返った少女は自分に近づいてくる者を見て、
「こらっ!劉輝。王様がそんな風に浮かれないの」
ズビシッと劉輝を指さし、叱った。その声にぴたっと劉輝は立ち止まる。
(秀麗に叱られるのは嫌いじゃない。けれど怒らしてはいけない。)
劉輝は王らしい優雅な歩き方に変え、近づく。
「秀麗、何をやっていたのだ?」
秀麗が作業していた卓子の上を見る。するとそこには何やら紙で出来た人形があった。箒を持った少女の人形だ。劉輝はそれを手に取って物珍しそうに眺める。
「それ、何か知ってる?」
「知らない」
劉輝は首を振る。秀麗は目を丸くして
「子供ならみんなよく作ったりするんだけど…」
と途中まで言い、しかしはっとした顔になって
「ごめんなさい」
と頭を下げ、劉輝に謝った。劉輝は秀麗の頭を優しく掴んで顔を上げさせ、微笑んで言う。
「別に構わないのだ」


「それで、これは一体何なのだ?」
興味津々な、まるで幼い子供のような目で問いかける。そんな劉輝を見て秀麗はほっとしたような顔になり、
「これは掃晴娘(そうせいじょう)って言ってね、お呪(まじな)いみたいなものよ」
と教えた。
「藁人形みたいなものか!」
劉輝は以前霄太師に教わり呪いの(本人は知らない)藁人形を秀麗に贈ったのを思い出し、言う。
「違うわよ」
秀麗は即答する。いや、確かに同じといえば同じかもしれないが、やはり目的が大分違うものであるから否定しておきたい。
「この女の子、箒持ってるでしょ? 箒には福を引き寄せる力があるっていうのは聞いたことあるわよね。それで、掃晴娘に祈ると箒で雨雲を掃き清めてくれて晴天になるっていうわけ」
「そうなのか」
「でも、実を言うと元々は昔話から来てるのよ」
この国の子供達なら誰でも知っているような昔話。けれど、彼は知らない。
「お話、聞きたい?」
「うん」
秀麗が劉輝に尋ねると、彼はすぐさま首肯し、嬉しそうに席に着く。秀麗は二胡を取ってきてそのお話を弾き語り始めた。



―昔々、あるところに一人の美しい娘がいました。その名を晴娘。彼女はとても利口で、しかも手先が器用で切り紙が大の得意でした。彼女の切り紙の評判は遙か遠くの国まで知れ渡り、皇宮の后妃や公主達も人を遣わして競ってその切り紙を買い求めるほどでした。
ある年の六月。娘の国では雨が何日も降り続き、一向に止む気配がありませんでした。街中が水浸しになり、大人の胸まで浸かるほどでした。人々は香を焚き、頭を地に打ち付けて、雨が止むように祈りましたが全く何の効き目もありませんでした。
ある夜、晴娘は水から逃れるため昇った崩れ落ちそうな屋根の上で天に向かって祈りました。すると突然大音声が響きました。
「晴娘よ、東海龍王が汝を太子の妃にとご所望じゃ。もしも、従わなければ、この国を水没させようぞ」
晴娘はその国の人々を救うために声を張り上げて答えました。
「命に従って天に昇ります。どうか雨を止めて下さい」
その途端、一陣の大風が吹きつけ、晴娘の姿はかき消えました。そして、それまで降り続いていた雨は嘘のように上がり、空は久しぶりに晴れたのでした。
以来、人々は晴娘を偲んで、六月に雨が降り続くと娘達に命じて人型の切り紙を作らせて、門に掛けるようになりました。



すーっと二胡の音色の余韻が残り、秀麗の声と共に途切れた。目を瞑ってじっと話を聞いていた劉輝は顔を上げて言った。
「…なんだか寂しい話だな」
「晴娘は果たしてそれで幸せになったのだろうか」
劉輝はたった一人で恐ろしい思いをして天に昇っていった晴娘を思う。何故かその姿が秀麗と重なる。たった一人の初の女性官吏として、未来の女性官吏の為の道標を立てる為に頑張る秀麗と。それでも、晴娘も秀麗も自らそれを望んでいるのだ。それを誰にも止めることは出来ない。けれど、決して秀麗が悲しい思いをしないよう、守りたいと思う。王として、一人の男として。


すーっと息を吸ってから、劉輝は秀麗に向かって言った。
「作り方を教えてくれ」
「いいわよ」
劉輝なら言うと思った、と秀麗はこっそり心の中で呟く。彼は刺繍も器用にこなしてしまった。きっとこの人形も上手く作るのだろう。
新しい紙を出してきて、秀麗は劉輝の隣の椅子に腰掛け、ああでもない、こうでもないと、指示を出しながら劉輝に作り方を教えた。
一通り作り方を把握した劉輝はこそこそと奥の机に移動し、一人で人形を作り始めた。秀麗は一体何を作るつもりだろうかと、離れた場所で劉輝を見守った。


「完成だ!」
劉輝の嬉しそうな声が響く。後ろ手に隠しつつ秀麗の元へ戻ってくる。
「秀麗、そなたにこれを」
劉輝は後ろに隠していた右手を前に回し、秀麗に差し出す。
「これ…」
それを見て思わず秀麗は言葉を失う。それは秀麗の姿形にそっくりな少女の人形だった。箒を振り上げて怒った姿。それなのに、とても可愛らしかった。作った者のその少女に対する愛情が溢れている。秀麗はぎゅっと人形を抱きしめ、頬を赤く染めて言う。
「有り難う、嬉しいわ」
劉輝はその顔を見て満足し、さらにまだ後ろに隠したままだった左手を秀麗の前に差し出す。それは、劉輝そっくりの人形だった。そもそも掃晴娘は女の子の人形なのであるが…。しかし、秀麗は何も言わなかった。
「よく似てるわ。あなたそっくり…」
劉輝は秀麗の手を包み込むようにしてその人形を渡す。そして、確認するように秀麗の目を見つめる。
「大切に…してくれるか?」
「ええ、大切にするわ」
秀麗は微笑むと、二体の人形を大事に衣服の袷(あわせ)に仕舞い込む。


それから、劉輝はあることにふと気付いた。
「ところで、秀麗。そなたは何故先ほど掃晴娘を作っていたのだ?」
ぎくり、と秀麗が目を逸らす。
「おほほほほ。さぁて、なんででしょうねぇ」
怪しい。劉輝は秀麗の肩を掴んで逃げないようにする。
「余、いや、私にくらい教えてくれてもいいじゃないか」
「聞かなくて結構です」
秀麗は手を挙げて劉輝の提案を拒否する。


……。


暫しの攻防の末。劉輝が折れた。
「いい...秀麗は結局、余のことは何とも思っていないのだな」
「は? それとこれとは違うでしょ。拗ねないの」
「じゃあ、教えてくれ」
「嫌」
劉輝は肩を落とす。しかし、その心は何故か晴れ晴れとしている。
(これも掃晴娘のお陰、かな…)
秀麗に別れを告げ、自分の部屋に戻る。
(一人きりでも、大丈夫だ。秀麗も一人で頑張っている。)


劉輝が去った後、秀麗は始めに自分が作っていた掃晴娘を眺める。この時期は嫌いだ。雨が毎日のように降り続くのだ。そして、雨には雷が付きもの。
(…さてと、これを早速吊しに行こうかしら)
「おや、秀麗。懐かしいものを作っているね」
府庫を出ようと秀麗が振りかえると、いつの間にか父・邵可が帰ってきていた。
「私も久々に作ろうかな」
邵可はうきうきして卓子の上に並べられた紙から一枚選び、鋏を手に取る。
「と、父様…!」
暫くして、ずたずたのぼろぼろの紙人形が出来上がったのは言うまでもないだろう。秀麗は苦戦する父の隣で手早く新たに掃晴娘を作る。
「すまないねぇ…」
邵可は大量に消費されゴミとなった紙を屑篭に捨てながら言う。
(父様は昔からこうだった…)
秀麗は母と父と静蘭とで、掃晴娘を作った日を思い返す。几帳面な静蘭が作ったのが一番綺麗だった。笑い合って楽しく過ごした日々ー。
もう戻ることは出来ないけれど。それでも、今こうしてこの場所にいられることも幸せで。
(私は本当に幸せ者ね…)
そして、自分も他のみんなを幸せに出来るような掃晴娘のようになりたいと、思うのだ。
みんなの願いを叶えてくれる、掃晴娘に。



老天爺   別下雨  (天の神様、雨を降らせないで)

蒸了饅頭 往上挙  (お饅頭を蒸したらあげるから)

老天爺   別刮風  (天の神様、風を吹かせないで)

蒸了饅頭 往上扔  (お饅頭を蒸したらあげるから)



掃晴娘に願いを込めて。



→→後書き
秀麗と劉輝でお話書いてみました。ことの発端は今日(2007年7月2日)の朝●新聞の記事。「てるてる坊主の始まりは?」というタイトルに惹かれて記事を読み進める私。「掃晴娘」、これだー!!見た瞬間ぴんときました。劉輝の「(呪いの)藁人形か!」という 言葉が何故か聞こえました…今考えると私の思考っておかしいなぁ。新聞読むのさぼってたら生まれなかったお話です。多分。


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