そっと二人の唇が離れる。
まるで恋人のように見つめ合い―そして、
沈黙を破ったのは清雅だった。


彼は先ほどまで秀麗に口付けていたその唇の両端を思いっきり吊り上げて傲岸な笑顔を作り、
「今のは俺からのご褒美」
と、一言。
「…。何、それ」
いきなり豹変した彼の態度もさることながら、
その口から出た言葉も秀麗にとってはよく分からないものだった。
いや、前からよく分からない奴だとは思っていたが今回のは更に輪を掛けて変だと思う。
「…まぁ、いい」
秀麗が口付けたことを何とも思っていないような様子なので、清雅は何か言いかけて止めた。
そしていきなりペシッと秀麗の頭を叩くと、
「報告書を数日中に提出しろ。事細かに、な」
と仕事の指示を出した。
「勿論、隠し事はなしだ」
きっと彼女は何かを掴んでいるだろう、と思った。
そして、きっと彼の疑問もそれを聞けば解けるだろう―。
「あんたに言われなくてもそうするつもりだったわよ」
秀麗は清雅に叩かれたところに手を伸ばしながら、ギロリと目の前の天敵を思いっきり睨み付けた。
―先ほどまでの甘い雰囲気とは打って変わって、そこが戦場と化した瞬間だった。
二人の視線がぶつかりバチバチと周囲に火花を散らす。
清雅は秀麗の鋭い視線を受けてニヤリと嗤うと、
「けど、お前結局あいつと寝てこなかったんだろう?」
と言った。
秀麗の様子を見ていればそんなことは手に取るように分かる。
「…な、何か問題でもあるわけ?」
清雅の言葉にギクリとした秀麗は、それでも刺々しい響きを清雅に返した。
「別に」
清雅は腕を組んで偉そうにそう言う。
秀麗はそれが面白くない。無駄に優越感に浸っているのだろうか、この蛾男は。
「なら文句ないでしょ」
憮然とした表情で秀麗はブツブツと呟く。
それを清雅は面白そうに眺める。
(…少なくとも、顔も知らないような男と寝られるのは御免だな。
せっかくこの俺が直々に磨いてやっているのに、くれてやるのは勿体ない)
化粧を落としても尚、その凜とした鋭い視線を放つ秀麗の瞳は非常に美しい。
それはこの頃ますます磨きがかかっている。
そして、それは清雅だけのものだ。
誰彼構わず振りまかれる色気より、清雅にとってはその方がずっと良かった。
勿論、ある程度色気があるに越したことはないが―。
流石に彼女もそれなりの色気を"放つ"ようにはなってきている。
だから、そんなことは問題ではなかった。
「あぁ、文句はないな」
大きな声でそう告げると、清雅は秀麗を残して去っていった。


(……。何なのよ、あいつは)
秀麗はそう心の中で呟いた後、ふと気付く。
(あれ…。何か…清雅が来る前より心が軽くなった? 何で?)
新たな疑問が湧いてきたが、考えても無駄だと思って首を左右にブンブンと振ってから部屋へ戻った。
今日の仕事は取りあえず終わった。
報告書は家でも書ける。
家に帰って夕飯の支度をしなくちゃ、と秀麗は荷物を引っ掴み元気よく御史台を後にしたのだった。


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