狂乱の紅花は闇夜に散る


「あんたなんて、大嫌いよ」
秀麗は自分の上に馬乗りになっている清雅を思いっきり睨み付けてそう言った。
「奇遇だな。俺もお前が死ぬほど嫌いだ」
秀麗の細い手首をギリギリと締め付けながら清雅は凶悪嬉しそうな顔で返した。
「それで? 何でこういう状況になってるのか説明しなさいよ」
眉を思いっきり寄せて清雅を少しも恐れることなく冷たい声で言い放った。
「"何で"って…理由なんて必要ないだろ」
驚いたように清雅は目を見開き、それから秀麗の耳元に顔を近づけ低く囁いた。
「少なくとも、私には必要だわ」
耳元で囁かれても少しも靡くことなく秀麗は至極真面目に言った。
「理由…か」
清雅は秀麗の顔を真正面から見つめ直し、真剣な表情になって呟いた。
そして、ほとんど間髪入れず次の言葉を口にした。
「愛してるぜ、紅秀麗」
目を細め、囁くように甘い声でその言葉を紡ぐ。
けれど、その言葉に秀麗はますます顔をしかめた。
「愛してる? 冗談言わないでよ」
先ほど私のことを死ぬほど嫌いだと言ったではないか。
それなのに"愛している"なんて言葉がどこから出てくるのだろう。
「冗談かどうかは、お前が決めることだ」
清雅は冷淡に笑い、そして唇を重ね秀麗の口を塞いだ。
「…っ!」
秀麗は平手を繰り出そうとしたものの、清雅に両手首をしっかりと掴まれているせいで
抵抗することが出来なかった。せめてもの抵抗として首を左右にブンブンと動かす。


と、意外にも清雅の唇はすぐに離れた。
「…そんなに俺とやるのが嫌か」
何処までも冷え切っていて少しも感情の見えない瞳で清雅は秀麗を見下ろし、言った。
―怖い。清雅は本気なのだ。
秀麗はゴクリと喉を鳴らした。乾いた口で何か言おうとするが、言葉が出てこない。
「死ぬほど嫌なら、今ここで死ぬんだな」
そんな秀麗を一瞥し、冷たく清雅はそう言い放った。
―それはつまり、清雅を拒めば殺されるということだろうか。
「…あんたに私が殺せるの?」
混乱しかけている頭を何とか働かせて秀麗は言葉を絞り出す。
「俺はいつだってお前を殺したいと思ってるんだぜ?」
清雅は眉を跳ね上げ、馬鹿にしたような調子でそう言った。
清雅の視線が秀麗の髪に挿されている簪の上で止まる。
―凶器なら、お前がいつも身につけているではないか。
秀麗は清雅から目を背けた。
周りは物音一つしない。ここには誰も来ない。部屋には鍵がかかっている。
清雅か死か、選べと彼は言う。
まるで、子供みたいね。と、こんな危機的状況なのに秀麗は思わず心の中で笑ってしまった。
沈黙が二人の間に流れる。清雅は秀麗が答えを口にするのを待っているようだった。
清雅がきつく握りしめている秀麗の手首は既に感覚が無くなりかけていた。


「あんたなんて、大嫌いよ」
秀麗は最初に口にした言葉を再び繰り返した。清雅の頬がピクリと動く。
「…それは、死を選ぶということか」
低く小さな声で清雅は言った。何故か淋しそうな声だと秀麗は思った。
「違うわ。あんたが大嫌いだから、あんたを選ぶわ」
秀麗は迷いのない声でそう、言った。清雅は狼狽えた。頭の中で秀麗の言葉が繰り返し響く。
"あんたが大嫌いだから、あんたを選ぶわ"
清雅はその意味にすぐ気付いた。気付かなければ良かった、とも思う。
けれど、もう気付いてしまったからには気付く前には戻れない。
「…そうか」
清雅はそれだけ言って握りしめていた秀麗の手首を解放した。思わぬ行動に秀麗は驚く。
「どうしたのよ」
何故か挑発的に秀麗は言った。逆に清雅を刺激することになるかもしれないのに。
「お前のその言葉が聞きたかった」
至極真面目な表情で清雅は秀麗を見つめて言った。心なしか先ほどより表情が柔らかい気がする。
「俺を選べ、紅秀麗」
そして更に清雅はそう言った。その瞳があまりに真剣で秀麗は思わずドキッとする。
「いつだって、俺を選べ…」
言葉の最後は消えていくように小さくなり、清雅は同時に秀麗を抱き起こしてその腕にかき抱いた。
束縛するのではなく、適度な力強さで抱いた。いくらでも秀麗がその腕から逃れられる程度に。
それでも、秀麗は清雅から逃れようとはしなかった。
「そうね、あなたなら選べるかもしれない」
秀麗は清雅を抱き返して、ポツリとそう呟いた。
本当に心から愛している人だったら、私はきっと選べない―。
きっと傷つけてしまうだろうから。それはお互いにとって最悪の結末となる。
けれど、清雅となら―。
清雅は私を嫌っている。私も清雅を嫌っている。
お互いに嫌い合っているなら、きっと傷付くことはないだろう、と。


普通では考えられないような関係。
それが今、この時から始まる。
「愛してるわ、清雅」
秀麗は顔を上げて清雅に囁いた。
そして、自ら清雅に口付ける。清雅もそれに応える。
…暫しの間の後、二つの影が離れる。
「あぁ、俺もだ。秀麗」


運命の歯車が狂いだしたのは、いつだったのだろう。
それは今となってはもう取り返しの付かないことだけれど。
それでも、この二人に後悔はなかった。
巡り逢ってしまったからには、きっとこうなる運命だったのだろう、と。




→→後書き
これは全く別物のお話として考えていただければ、と思います。
もしかしたらシリーズ物になる可能性もありますが、予定は未定なので。
でも、もし続くとしたら、多分救いようのないお話になるのであんまり期待しないで下さい(汗)。
続かなかったらただのお題消化ということで<それでいいのか?

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