小雨もそぼ降るある日のこと。 秀麗と清雅は皇毅に言いつけられた仕事を済ませるために、各自の仕事を済ませ日も暮れかけるような頃、街に繰り出した。 雨降って地固まる 「あぁ、もう。鬱陶しいったらありゃしないわね」 秀麗はさしていた傘を少し掲げ、どんよりとした空を見上げて呟いた。雨は当分上がりそうもない。それにいつもなら日が傾きかけ、空が紅く染まる頃というのに、今日は昼間から変わらず薄暗く、どうも気乗りしない。足下もぬかるんでおり、非常に歩きにくい。 「くだらないこと言ってないでさっさと歩け」 一方、清雅はそんな秀麗を横目にスタスタと歩いていく。鬱陶しい雨も何のその。この男には全く関係ないようだ。 「ちょっと待ちなさいよ」 ただでさえ、秀麗と清雅の歩幅は違うというのに、本気で置いていくつもりだろうか。宮城を出てからというもの、清雅は少しも秀麗の歩幅に合わせて歩く速さを弛めようとはしない。しかも雨だからだろうか、いつもにも増して清雅は速く歩いている気がする。 (…とことん利益がないことには力を使わないのね) 秀麗ははぁーっと大きな溜息をつくと、泥水を跳ねるのも厭わず清雅の後を追った。 目的の店までたどり着くと、二人は傘をきちんと畳み、入り口の脇の壁へ立てかけて中へ入った。 半時程経っただろうか。二人が店から出てきた。店から出てきた二人は二言三言言葉を交わすと、再び宮城へと向かうため先ほど傘を立てかけた壁を見た。が、傘が一本しかなかった。 「あーあ。持って行かれたな」 清雅は髪を掻き上げ、隣の秀麗を見た。秀麗は肩を震わせている。そんなに傘を盗られたことが悲しかったのだろうか。 「……一体どこの誰よ。あの傘、買ったばかりだったのよ?」 あぁ、と清雅は納得した。どうやら貧乏性の彼女は怒りに震えていたらしい。けれど慰めてやる気はさらさらない。 「ま、盗られて困る傘なら後生大事に抱えて持ち歩くことだな。今更言っても仕方ないが」 清雅はニヤリと嗤ってこう言った。その瞬間、秀麗の怒りの矛先はどこぞの誰かから目の前の天敵に変わった。 「五月蠅いわね。あんたの傘だって盗られてたかもしれないじゃないの。ただの偶然よ」 「じゃあ、そういうことにしておいてやるよ」 清雅は余裕の表情で自分の傘に手を伸ばした。秀麗がよくよく清雅の傘に目を向ければ、ごくごく普通のその辺で安く売られている傘だった。清雅の持ち物にしては珍しい、と秀麗は最初そう思ったのだが、清雅が"わざと"安物の傘を仕事の際に用いていることに気付いた。もしも秀麗が使っているそれなりに綺麗な傘とこの傘が並んでいたら、間違いなく秀麗の傘に手を伸ばすに違いない。意図しなくてもだ。人の心理というものは得てしてそういうものなのだ。 (〜〜悔しいけど、何も言えないわ) 秀麗が清雅をじとっと睨み付けたところ、自分の前に傘が差し出されているのに気付いた。清雅が秀麗に自分の傘を、だ。 「お前が使え」 秀麗は目を丸くした。今、清雅は何と言ったのだろう。"お前が使え"…ということは清雅が私に傘を貸してくれるということだろうか。 「…え? これを私が使えっていうの?」 傘と清雅の顔を見比べながら秀麗は尋ねた。 「それ以外に何がある」 清雅は大きく嘆息してから、半ば押しつけるように秀麗の手に傘を握らせてきた。 (一体どんな風の吹き回しだろう…) 「あ、でもあんたはどうするのよ?」 小雨といっても雨はひっきりなしに降り続いていた。宮城まで歩けば間違いなくずぶ濡れだ。しかも、生憎もう傘が売ってあるような店は閉まっている時間だ。 「俺は別に濡れても構わない」 清雅はそう言って店の軒から通りへと足を踏み出そうとした。慌てて秀麗は清雅の袖を引っ張る。 「風邪引いたらどうするのよ」 「俺は滅多なことでは風邪を引かないんだ」 清雅は鬱陶しそうに秀麗の方を振り返ってそう言った。 「万が一、あんたが風邪で休んだらこっちが困るのよ」 秀麗は腰に手を当ててそう言った。事実、清雅が抱えている莫大な仕事が滞れば下にそのツケが回ってくること間違い無しだ。本当は認めたくないが彼はそれだけのことを普段何とはなしにこなしている。 「それもいいかもしれないな」 何故か面白いことを聞いた、といった風に清雅は笑った。 「呆れた」 秀麗はそう言った時、あることに気付いた。 「私としたことが何で気が付かなかったのかしら」 「どうしたんだ?」 清雅は怪訝な顔で秀麗の顔を覗き込んだ。秀麗は手に持った清雅の傘を掲げて次のように言った。 「この傘を二人でさせば済む事じゃない」 その言葉を聞いた瞬間、何故か清雅は顔をほんのり赤く染めて顔を逸らした。 「どうしたの? 清雅」 秀麗はきょとんとした顔で清雅の顔を覗き込む。 「…そういうことは恋人同士とかがするもんだ」 清雅は躊躇いがちにそう呟いた。秀麗は頭の中に疑問符を飛ばした。 (傘を二人でさすのがそんなに変なことなのかしら?) 「そうなの? でも、もう日も暮れちゃってるしどうせ誰にも見えないわよ」 秀麗は全く気にしないといった風である。何せ普段から静蘭と一緒に傘をさしていたりもするのだから当然といえば当然だ。 「あ、でも私は気にしないけど、清雅に好きな子とかがもしいるんだったら悪いわよね」 はっと秀麗は気付いたようにそう続けた。清雅は諦めた。ここですったもんだしていても埒があかない。時間の無駄だ。それに、早く仕事の報告もしたい。 「そんな奴はいないから、もう帰るぞ」 清雅は秀麗の手から自分の傘を奪い取ってさすと、秀麗の腕に自分の腕を絡ませて歩き始めた。 「って、え…?! 清雅?」 流石に清雅と腕を組むような形になって秀麗は焦った。これではまるで恋人のようではないか。 「生憎と傘は一人でさすように作られてるんだよ。こうでもしないと濡れるだろう?」 清雅は真っ直ぐ前を向いたままそう言った。面白いことを言うものだ、と秀麗は思わず笑ってしまった。 「何が可笑しい」 そんな秀麗の笑い声を聞いて、清雅は冷たい目を秀麗に向けた。 「だって…」 秀麗は堪えきれないといった風にまた笑った。清雅は秀麗に笑われるようなことを言っただろうかと反芻した。が、分からなかったらしい。 「笑いたきゃ、いくらでも笑え」 むっとした表情でそう言った後、再び前を向いて黙々と歩く。それでも清雅は心なしか歩く速さを弛めた。清雅が自分の歩く速さに合わせてくれているのだ、と秀麗は気付く。 暫くして、ようやく笑いが収まった秀麗は清雅に話しかける。 「ねぇ、清雅ってホントに好きな子とかいないわけ?」 「何でまた…さっきもいないって言っただろう」 先ほど店先で一応否定したことをまた尋ねられて清雅は呆れた。同じことを聞いてどうする。というか、俺にそういうことを聞くな。 「だって、清雅ってお金持ちだし、顔もそこそこ悪くないし、あと仕事も出来るじゃない? お見合い話とか沢山来てるんでしょ」 秀麗は正直に清雅の評価をそう述べた。仕事が出来ると言うのは何だか悔しい気もしたが事実は事実なのでそう言ってやった。しかも彼は陸家の次期当主の腕輪をはめている。それならば将来有望選手ではないか。結婚相手には文句なしだと思う。 「…まぁ、確かにそんな話もあったような気がするが」 清雅は秀麗の自分に対する評価があまりに直接的すぎて思わず狼狽えたが、辛うじてそう返した。そう、事実清雅の家にはあちらこちらの貴族の娘との縁談話がひっきりなしに届いている。最近では目を通すのさえ煩わしくなって溜め込んでいるのであるが。 「気になる子はいた?」 秀麗はふふっと笑って清雅の顔を見上げた。何でまたこういう話になったのか。清雅は大きく溜息をついた。 「だからいないって言ってるだろう」 もう返事をするのも面倒だった。宮城まで早く辿り着きたい。それだけしか考えられなかった。 「ふーん、そうなの。残念」 秀麗は興味を失ったかのようにそう言って前を向いた。 会話が無くなると、清雅は急に秀麗の腕が気になり始めた。先ほどまで全く気にしていなかったのだが、秀麗は最初腕を引き抜こうとしていたのに、今はぎゅっと清雅の腕を握りしめている。秀麗に頼りにされているような気がして、清雅は奇妙な気分を味わった。 (…まさか、こいつとこうして腕を組んで歩くことになるとはな) 途中、同じように腕を組んで一つの傘に収まっている男女とすれ違ったのだが、その度に清雅は何故か秀麗を自分の方に引き寄せたのだった。 ようやく宮城の中へ入り、御史台を目指した二人は前方からやってきた人物に声をかけられた。 「あれ? もしかして、セーガとお嬢さん?」 声の持ち主はタンタンこと榛蘇芳。秀麗に付き従って御史裏行(みならい)をしている人物である。 「タンタン?」 秀麗は目を凝らして目の前の人物を見た。ぼんやりと確かに確認できた。 「めっづらしー。何でまた相合い傘?」 その瞬間、清雅が秀麗を突き放し、傘を目にも止まらぬ速さで畳んだ。 「榛蘇芳、今頭の中で考えたことを即刻忘れろ」 絶対零度の眼差しもこの暗闇では役立たない。蘇芳は清雅の行動を見て思わず笑った。 「えー、無理」 清雅が傘を畳んだために秀麗に雨がかかる、と気付いた蘇芳はそう言いながら自分のさしていた傘に秀麗を入れた。 「タンタン、有り難う」 秀麗は躊躇うことなく蘇芳の傘に入った。髪が雨に濡れるのが嫌だったというのもあるし、濡れると冷たいからだ。 「清雅、女の子には最後まで優しくしてあげないと駄目じゃん」 冗談のように蘇芳はそう言った。清雅に何を言われてもめげない自信はないが、せっかくの清雅をからかう機会を逃すのは勿体ない。 「別に優しくしてやったわけじゃない」 清雅の服はそぼ降る雨にだんだん色を濃くしている。流石にそれは寒いのではないか、とはたから見えるが清雅は再び傘を開こうとはしなかった。 「俺はもう行く。その女はお前がなんとかしろ」 清雅はそれだけ言い残すと御史台の中へ消えていった。 「…清雅って結構意地っ張りだったりするのよね」 蘇芳は隣でクスクス笑っている秀麗の顔を見た。なんだかんだ言ってこの二人は仲が良いんじゃないかと思う。仮にも天敵同士が一つ同じ傘の中に収まって腕を組むなど、太陽が西から昇ってくることと同じくらいあり得ないと思う。 「えーっと、お嬢さん。傘ないなら家まで送っていこうか?」 どうやら秀麗の傘が失くなったらしいので、蘇芳はそう提案した。一瞬同じ傘に収まって歩くのは何だかなぁと思ったが、秀麗が別段そのことを気にしていないので、まぁいいかと思い直したからだ。 「有り難う、タンタン。でも御史台まででいいわ」 秀麗は蘇芳の提案をそう言って却下した。 「備品の傘を借りて帰るから」 と。蘇芳は秀麗にあっさり断られて何となく残念な気がした。 「んじゃ、行きますか」 蘇芳は秀麗の肩を引き寄せて御史台までの僅かな道のりをゆっくり引き返したのだった。 →→後書き 相合い傘。しかも腕まで組んじゃって。何ですか、このはたから見たら恋人みたいな状況は。あーりー得ーなーいー<自分で書いておいて言うなよ その上、タンタンとも相合い傘。タンタンは肩に腕回して。タケノコ家人に見つかって半殺しにならないように気をつけてね(笑) |
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